【自分を生きるって?】この世は舞台、人はみな役者。

私たちは誰もが洗脳にかかっています。お金をとられたとか、騙された、のようなわかりやすいレベルの話ではありません。目には見えない、心の在り方レベルの深い話です。知れば、洗脳は解けます。ただそれだけです。

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自分を生きるために

自分 生きる 洗脳

人生に一度は、「私はどんな人生を歩みたいのだろう」と考えたことがあるかと思います。「このままでいいのかな」と、今の自分や状況に対して、疑問が出てくる時があるでしょう。この時、何が起きているのかといいますと、満足できる人生へと軌道修正をかけたい気持ちが湧いてきているのです。

私の場合は、仕事との向き合い方で考えるようになりました。かつての私は「この仕事を続けてもいいのだろうか」「自分の仕事をしたい」という葛藤と欲望が出てきました。これらをまとめて「本当の自分を生きるんだ!」と称しているのです。

あなたは洗脳にかかっている

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本当の自分とは何か?ここを解く前に、まずはフィルターを外さなければなりません。何のフィルターか。それは、世の中に対する色眼鏡です。つまり、あなたは洗脳されているってことです。

「私は洗脳されていません!」と言う人は、100%洗脳されています。というよりも、世の中のすべての人は洗脳されています。そこから脱洗脳していく人もいれば、ずっと洗脳されたままの人もいます。割合は予想できます通り、圧倒的に洗脳されている人が多いです。おそらくですが、8:2くらいの割合でしょう。

まるで、見世物小屋

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この世は、見世物小屋です。変な人を見世物にしています。語弊がないように伝えたいのですが、たとえばパリコレ。変な衣装を着て、変なメイク、ガリガリで不健康そうな人がモデルになって堂々と歩いています。それを見る大衆は「かっこいい」と感じるのです。

車だってそうです。本当の意味で豊かに生きるのであれば、ポルシェは必要ありませんよね。ブランドものもそうです。あの芸能人が持っていたから買う、といった真似っこ。企業のマーケティングに面白いくらいにひっかかっているだけです。

見る人と、見られる人、その間に見えない人がいます。つまり、仕掛け人です。このタイプの人が市場をつくり、設けています。すべては舞台ですから。そして、本当をいえばこの人だって役者なのです。すべての人が役者です。演じているのです。

自分は何者なのか

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では、改めて考えていきましょう。本当の自分とは、何者なのか?役割で考えてしまうのは、おかしいです。なぜなら、舞台上の役柄でしかないのですから。人は数多くの舞台と役柄がありますよね。

たとえば、あなたは何処かの企業に勤めている会社員だとしましょう。係長という立場で、人事の仕事をしていると。それは別にいいのです、仕事は仕事ですから。家に帰れば夫であり、父親。両親の前では息子。役割をアイデンティティにしているならば、それは見えない追求につながります。

本当の自分とは

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ということで、本当の自分なんてものは、正直なところわかるわけがありません。いつまでも悩み続けるだけです。そこに注力しない方がいいです、というアドバイスしか言いようがありません。

ちなみに、こういう考えを持つこと自体が、自分の役割すら見つかっていないからです。役者だと思っていないからです。自分は何者でもない、と傲慢なことを思っているからです。私がかつてそうでした。もはやこの世にいる限り、何者かになっているのですから。

仕事をしていようと、していまいと、このレベルのお話をしているわけではありません。役割はどこまでも続きます。ただただ、それだけなのです。

この世は舞台、人はみな役者。

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「この世は舞台、人はみな役者」

引用元:ウィリアム・シェイクスピア|喜劇『お気に召すまま』

この名言は、この世すべてを表していると思います。私はこの言葉をはじめて聞いた時、「すべては役割なだけ、本当の自分はいない。では、生きるって何なんだろう」と虚しく感じたことがありました。

人は役者である、これが人間なのだということです。これが、この地球でのルール。スピリチュアルなことを言いたいわけではなく、ただただ、世の中の仕組みとして理解するだけでいいのです。

私はそれを一番伝えたいです。この世は舞台である、それを知っているだけでも違いますから。世の中を昔よりは俯瞰できるという意味で。自己存在に悩むことは誰しもがあります。けれど、悩むだけ無駄なのです。

この世をどう生きるか

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すべてが見世物小屋である、表も裏もない、混沌した世の中この狂った世界をどう生きるか、私は考えさせられました。最後にお伝えしたいのは、2つ。①役割を淡々とこなしていくこと。②心と体を一致させること。以上です。

少し補足すると、①は言葉の通りです。いちいち疑問を抱いてばかりいると、出口の見えない迷宮に入ります。悩んでもいいのです。ですが、いつまでも持ち越して自分を苦しめることのないように。思い悩むな、ということです。

②は、自分に一貫性を持たせるという意味です。自分軸、ともいいます。これって単語にすれば簡単に聞こえますが、紐解けば、心と体に一貫性を持っているかどうかです。ここがブレていると、人生はつまづきやすいです。自分の大切にしている価値観と、それに合わせた行動をしていきましょう。

そういう役者ならば、いいじゃないですか〜。なんてね。どうせなら、自分の生きたい役者で生きていきましょう。

この記事を書いた人

しげくに さき
しげくに さき
平成5年生まれ。東京都生まれ、地方育ち。

栄養学科の大学を卒業後、事務職で転職を繰り返す。しかし、「やりたいことがない」と未来へ漠然とした不安を抱える。自分とは何者なのか、20代のほとんどを自己分析にあてる。

28歳の時に自分探しではなく、「自分の能力を発揮する!」と行動で勝ち取ることを腹に決め、好きで得意な「書くこと」へと挑戦する。

クリエイティブな仕事へと方向転換し、月刊編集部で書くことや企画に携わる。その後、フリーランスとして独立。コピーライトを得意とし、セールスライトやプロモーションをメインに活動中。文字に魅力や訴求、想いすべてを集約させることがどうしようもなく楽しいと実感中。

「人は誰もが何かしらの才能を持っています。それを仕事にしていいし、遊び心をもってもいい。行動して、何者かになっていくことがスタート」

『仕事×遊び=書くこと』というタイトルで、2024年2月よりブログ始動。
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